40代後半頃から、精神的な変調を感じることが多くなりました。それまでも、家族や親しい人から「気分屋」と呼ばれることがあったのですが、この頃から、これは単なる気分屋という言葉で括れないような気になってきました。

もしかしたらひとつの病気なのかもしれないと思うようになりました。

気分が上がる時下がる時、全然違う自分の姿

一番感じたのは、気分がハイになっている状態が数日間続くことでした。職場でも自宅でもやたら人に話しかけるようになり、くだらないことで大笑いしたりするようになりました。

何年も会っていない友人に用もなく電話をかけて、自分のことを一方的にしゃべり続けました。無性にお金が使いたくなって、普段やらないパチンコ店で何時間もイスに座り続けたこともあります。

しかし、その状態が3日か4日続くと、得体も知れない気怠さに包まれるようになるのです。人と話すことが億劫になりました。仕事はしていたので、一日中黙っていることは出不可能でしたが、「話しかけないでくれ」という雰囲気は出ていたと思います。

私はギターが趣味で、躁状態でなくても、時間があれば数時間続けて弾くことがあるのですが、その時はギターに触る気も起きませんでした。

気が付くと電源が入っていないテレビの画面をずっと眺めていることがありました。

不安になり心療内科へ

でも、数日すると、何もなかったようにその状態から脱出するのです。精気がみなぎってくるのが分かるのです。ギターを何時間も弾き、テレビのバラエティ番組を観て大爆笑するようになるのです。

このように、気分が極端に上がり下がりする日々が続いていく中で、根本的に自分には精神疾患があるのではないかと思うようになりました。

図書館で借りた本などで調べていく内に、確実に精神的な病気だと感じました。ネットでこの状態が何なのかを判断して、治療を施してくれる病院を探しました。

その内、自宅からほど近いところに心療内科を専門とするクリニックがあったので、そこに行くことにしました。

病名が分かり、治療を開始

下された病名は、双極性障害(躁うつ病)でした。自覚があるのだから、それほど深刻に考えずに、時間をかけて治療していきましょうということでした。

薬物治療がメインとなりました。主治医から「気分安定薬」「抗精神病薬」「抗うつ薬」の三種類を処方してもらいました。薬を欠かさず服用し、規則正しく生活していれば、徐々に安定してくるとも言われました。

その言葉通り、数か月すると、ある程度普通の状態に戻ったような気はしました。でも、またその後すぐに躁とうつが繰り返しやってきます。

そんな頃、初めて「寛解」という言葉を聞きました。

寛解、現在の生活、そしてこれから

躁うつ病とは完治するのは難しい病気と言われています。やみくもに治そうとするより、折り合いをつけて生活するのがベターだと。それを聞いて私は「もう治らないのか」と落胆するとともに、病気を抱えたままでも生きていけるのであれば、寛解状態で十分だとも思いました。

すべての人が完璧な身体や健康状態で生活しているわけではありません。外見は何ともないように見えても、心臓に重い疾患を抱えている人もいます。

自分だけが悲劇的な状況にいるわけではありません。発症してから5年経ちました。主治医によれば、ここ2年は寛解状態にあるそうです。

ただ、生活のサイクルが乱れると、また以前のような状態に戻るかもしれないから、気をつけるようにとも言われています。完璧な状態にはなれないかもしれません。ただ、自分なりの「最高な状態」には慣れると思うのです。それを損じて、これからも生活していこうと思います。

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